NEW POST

花つみ日記

b0164695_22113187.jpg
『花つみ日記』を観た次の日、同窓会的な集まりに出かけたら、親や先生や学校という空間の願いとすさまじい努力によって守られていたあのころの空気がよみがえって、うろたえた。

『花つみ日記』は吉屋信子が原作の、大阪の女子校に通う二人の女の子の友情を描いた1939年の映画。
私立の女子小学校に通っていたという共通点だけで「これは私の子供時代だ」と思ったわけではなく、実際にはもっと生意気で冷めていたと思うのだけど、あの映画の中で起きたことなら「知っている」。
天国でも会いたいと思う親友がいたわけでなかったが、切山椒ほどのささやかな繋がりで過去と未来が固く結ばれた感覚なら知っている。白い帽子のパリッとした固さと糊のにおいとを知っている。
お掃除の後、団子状になってみんなで駆け出すと、何がというわけでなくただただ可笑しくて楽しいことを知っている。

この映画における高峰秀子に関する思いだけを抽出してみると、なんとなくはっきりさせたくないようなもやもやした形をしている。
もちろん素晴らしかったのは確かだけど、たとえば『天然コケッコー』の夏帆のような、少女の身体のその日その時が映された奇跡と比べると、すでに後の女優・高峰秀子を感じさせる才能の方が強く感じられてしまう。それが残念だと言いたいわけではない。
ただ、女の子であることよりも、女優であることを強いられた生い立ちとそれを受け入れて演じ切るこのひとの大きさは、スクリーンの中の少女に肉を与えながら、もっと大きなレベルで映画に影響を及ぼしている気がしている。
だから、『稲妻』や『流れる』の方を支持したい。そこでの高峰秀子は、嫌なものを嫌だと言いながら、一方で他人を受け入れることを知り、自分の指針を見つけようと努力しながら生きてゆこうとする。そのとき、高峰秀子というひとのたましいはすんなり役の肉体に寄り添っている気がする。私自身が高峰秀子というひとのたましいに寄り添いたいと思っているのかもしれないが。

そんなわけで、神保町シアターには「あなたの好きな高峰秀子映画」というアンケートの結果が文化祭のポスター発表のように貼りだされていたのだけど、その結果に驚きを隠しきれなかった。

第1位 『浮雲』
第2位 『二十四の瞳』
第3位 『名もなく貧しく美しく』
次点、『乱れる』『あらくれ』『女が階段を上る時』『流れる』『朝の波紋』『放浪紀』『綴方教室』

私が三つ選ぶなら、『稲妻』『あらくれ』『流れる』になるでしょう。
映画としての素晴らしさとは別に、『乱れる』や『浮雲』を挙げる気にはなれないな・・。
『稲妻』のでこちゃんが好きだという人はいないのか。
[PR]
by chimakibora | 2012-03-23 21:19 | 観る・聴く