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ハイキングの思い出

この冬の前半は、韓国で2009年に放映されたシットコム『明日に向かってハイキック』全126話を観ながら、編み物をしていた日々がベースとなっています。

はじめは私ひとりが居間で観ていたのに母が文句をつけながら加わり、いつしか3歳のめいっこが隣で静かに見入り出し(字幕が読めないし韓国語がわかるはずもないのに)うちに来るなり「はいきんぐみよう」と中毒の様相を見せるまでになり、一話が終わるごとに「chimakiちゃん!終わっちゃった!はいきんぐ終わっちゃった!」とテレビを指さしながら不安げなかおで訴えるので、「だいじょうぶ。またはじまるから」と「日はまた昇る」のごとく言いますと、めいっこは安心してまた座りなおすのでした。
こんな風に「物語が終わる」ことの哀しみをめいっこは知ったのでしたが、これがシットコムなこと、なかでも『ハイキック』なことは幸いでした。

私にとって恩田三姉妹があたかも同時代をどこかで生きているような手ごたえでもって存在しているように、「おならでご飯が炊けるかな」でおなじみイ・スンジェおじいちゃんをはじめとした一家、現実主義ながらどこかズレた体育教師の娘、周囲に無能扱いされながら懸命に単価計算をする顔のきれいな婿、「ぱんくとっくや(クソバカ)!」が口癖で便秘の孫娘、三流大学にしか入れないかもしれない恐怖を抱えながら恋心を原動力に受験を乗り切ろうとする孫息子、メガネが顔と一体化した外科医の息子、テベク山から借金取りに追われ父と離れ離れになりながらソウルに逃げてきた家政婦姉妹、馬鹿明るい浪費家の家庭教師、自分を清らな妖精だと思っているイ・スンジェの恋人のおばあちゃんは、めいっこにとってこれから古くからの友人として(その一部は自分自身に溶け込んで)共に生きていくのだろうなーと思わされます。

『ハイキック』の良さは、エクストリームなひとしかいない日常で巻き起こるエクストリームな事件を描きつつ、単なるファンタジーの世界の人物ではなく、現実の人間関係の軋轢を背負う人間として描いたところにあると思っています( そのよさが欠点と表裏一体なことは、最終回でわかるのですが… )。
それぞれがいやなところダメなところを持った人物として描かれていて、決して常識的な人物の視点を通して家族を批評するという構成ではないところに制作者の誠実さを感じます。

これは『セックス・アンド・ザ・シティ』第1シーズン視聴時に「全員いやな女」「誰のことも愛せない」という制作からつきつけられた挑戦状を受け取ったときにも感じました。
”愛される”自分が人生の第一義事項すぎてぎゃーぎゃーうるさい女と、3高にしか興味ない高慢な価値観の女と頭は切れるが皮肉屋すぎて情緒に欠ける女と、肉体関係のみが関係性だと考えている精神無視の女。
この四人組が主人公だなんて!おおゴッド!と思ったものでした。
ところが、それらは誰しもがどれかしら持っている私たちの似姿で、第6シーズンを観終るころには、痛い目をみながら成長する( あるいは懲りない )彼女たちの中に自分や友達を見、それはどうかと思う気持ちはありつつも、いとおしい友達が幸せになっていくのを見守るような、やはり彼女たちがどこかで生きている世界を私も生きているのだと思わされる何かがありました。

『ハイキック』では、大きくふたつのラブラインが育っていく脚本も見事でした。
最終回に向けて、その4人がどの組み合わせでまとまってもおかしくないという状況が高まり、それぞれに思い入れの深いエピソードを重ねた今、医者ー家庭教師が結婚だ。いや、医者ー家政婦、家庭教師-受験生でまとまるのが筋だなどと、我が家でも意見が侃侃諤諤とたたかわされました。

観終えた方ならわかる、あの衝撃的なエンディングについて書こうとすると、キーをたたく指が止まり、机上の消しゴムのかすを練って練って練り消しにしてしまいます。
日本の、観ても観なくても同じというぐらいまったくもって予定調和でしかないドラマに慣れきった者としては、この、予定調和のよの字もない、誰も予想だにしなかった結末を評価したい気持ちもします。やまやまです。
だけど、家政婦が狭い衣裳部屋でクリスマスツリーのイルミネーションを見ながら呟いた、「私にもいつか輝くようなときがくるのかしら・・・」という言葉を知っている私たち視聴者は(そして「きっとくるよ」と断言する受験生の想いも)、ここまで不幸にどうしてならなければならなかったのかとふつふつと怒りが湧いてはやり場を知らずにうなだれるしかありません、
家政婦が最後に「このまま時間がとまればいいのに」と言うのですが、「朝が来て毎日は続いていく」が身上のシットコムで、ときをとめた罪は重い。韓国社会が抱える問題を描きたいという気炎がいびつな形でよりによってこの作品で達成されてしまったのだなあ。
なにより、最終話だけ脚本のクオリティが低いのが、監督の肩をガタガタ揺さぶりたいくらい残念です。アンチ予定調和の気概は、いままでにないドラマを切望しているわがままな視聴者としてやんややんやと買うのですが、それまでがとても丁寧に描かれてきただけに哀しみで思い出すたびずっこけます。製作陣はここを読んでいたらぜひ反省して『ハイキック3 短足の逆襲』ではなにとぞなにとぞかしこみかしこみもうします。

その後「はいきんぐが見たい」と遊びに来ていつものように言うめいっこに母が、前シリーズ『思いっきりハイキック』を見せたところ、後日、M(嫁)から問い合わせがあって、いわく「にせものハイキックって何?」。
「みーちゃんが、にせものハイキック見せられたって、言ってた」。

編み物の方はというと、私に指導するうち母も編みはじめ(若いころ編み物が大好きで勉強をしなかったから怒られたし、編み物をしすぎて歯茎が腫れたからしたくないと言いながら取り憑かれたように)、弟も興味を持って私に教えを乞い、負けず嫌いのM(嫁)が「私小学生の時編み物クラブだった」宣言をして編み棒を手にしました。
そして、弟と私がめいっこにマフラーを、母が父のベストを、M(嫁)が長編みの生地を完成させました。
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by chimakibora | 2012-02-18 19:52 | 観る・聴く