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二人がここにいる不思議(7)

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私たちの他に降りた人はみんな改札の奥に吸い込まれて行った。
風がびゅうびゅう吹いて、私たちはホームに二人になった。

改札の周辺から東芝の敷地になっていて、改札脇の小屋から東芝の警備員兼改札管理人が出てきて「入れませんから。ホームにいるしかないよ」と威嚇するとそそくさと小屋の中に戻って行った。
警備員兼管理人が指したのはホームの端にある公園のことで、プレートに書かれてある閉園時間にはまだ時間があった。私たちは彼がただ面倒くさいので寄る人の少ない公園を既に閉めていて、適当にあしらわれたのだと悟ったから、文言との不一致を指摘してもよかったけれど、言葉を飲み込んで、公園と小屋の間の道を調査することにした。

公園の脇は植え込みで仕切られていて、植え込みに隙間があったのを見て、私たちは顔を見合わせる。
そこから先は公園だというだけの話だった。

遊歩道のような細長い道が端までつづいているだけの公園は、電灯も消されていて足元がおぼつかない。
ぼんやり見えるもののことを書く。

救命用のおなじみ赤と白のしまもようの浮き輪。
発電の風車のようなもの。
背後の工場に、赤くておおきなTOSHIBAの文字が掲げられている。
コンビナート。橋。
ずんぐりむっくりしたチェッカーフラッグ柄の筒から、思い出したように炎が噴き上げる。
柵につかまって、しばらくの間、ぼんやり見えるものを見ていた。
たえちゃんが「人間の目ってすごいねやっぱり」と言うので、うなづく。

私たちがホームの反対側まで戻ったとき、警備員兼管理人が小屋から出てきて公園の方へ歩いて行くのが見えた。
私たちはお互いにぼんやりとホームの柵に腕をついて、海とか光とかを見ていた。
あんまりぼんやりしていたから、ものすごくおおきな船がいつの間にか視界に現れていたのにもまったく気付かなかった。あまりに音もせず、すべるようで、じきに私は恐怖しはじめた。幻を見ているのじゃないかという思いがした。そのうち私は、船が現実的な船で、私たちの方こそ幽霊のような気がしてきた。
船は船の時間を全うしているというのに、ここはその時間の内に入ることができない。
そんな感覚が拡大していくに連れ、けれどそれもよいと思い始めた。

たえちゃんはより仔細に海を観察し始めた。「ほんとだ魚。いっぱいいる」黒い海はいくつもの魚群の影でうねりができているのだった。私はいつも居間でするような格好で寝転がってみた。俗に言う寝釈迦のポーズで。
たえちゃんと初めて会ったときのことを私はよく覚えているのだけど、高円寺の商店街ですれ違ったたえちゃんを旧友と教えてくれたひとはいま私の人生にいなくて、私はたえちゃんがあんまりかわいく笑ったからきっと友達になろうと決めたのだけど、彼は私とたえちゃんとを結び付けず私たちはそれから数年後、自力で知り合ったのだった。
陳腐に言えば、あのとき二人で海芝浦に来ることになると思っただろうか?ということになるのかもしれない。でもそれは、現在を特権化して過去を植民地化するような感慨とは少し異なる気がした。
過去のことを思い出してなお、過去や未来から、時間軸から切断された場所に私たちは置かれていた。

やがて終電車が迎えに来て、発車するまでの奇妙に現実的な時間に、思い出したように生麦で買った肉をたえちゃんは囓り始めた。私はあなごの天ぷらを少し齧って、残りはお土産にすることにした。
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鶴見の駅でサイゼリヤに入った途端、やっと人心地がついた。二人で最高に難しいお子様メニューの間違い探しに熱中する。最後はgoogleに頼ったりもした。

家に帰ると、「今日海芝浦、一人で行ったんでしょ?」と聞かれて「いいや、友達と二人だよ」と言ったら、「なあんだ、友達と行ったのか」と母とM(嫁)が言い合っているので何かと聞いたら、「chimakiちゃんなら一人で海芝浦に行くだろうという話にまとまった」と勝手に話をまとめあげていた。海芝浦に関して言えば、一人より、断然二人だ。
冷たくなって一口齧り跡のあるあなごの天ぷらは弟とM(嫁)が「ふっくらしてておいしい」とあっという間にたいらげた。
次の日、あまりのダルさに私は仕事を休んだんだった。
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おわり
by chimakibora | 2010-09-16 00:43 | 歩く・見る・遊ぶ